天穹に蓮華の咲く宵を目指して
   〜かぐわしきは 君の… 2

“薫衣香(くのえこう)"  後編




地元の商店街の、しかも奥向きにあった呉服屋さんと来ては、
顔なじみやお得意さんしか、基本 立ち寄らないよな経営だろうから、
今回のお話のように
そのお得意様が数件もまとめてキャンセルして来たなんてのは
かなり手痛い打撃だったに違いなく。
それをお助けも出来たというなら、こんな功徳は無しというところ。
くどいようだがかなりのお値打ちなお買い物、
しかもイエスがそのためのアルバイトをしていたそうなので、
お財布からの余計な失費があったわけでなし。

 「楽しみだねぇ♪」
 「……ああ。」

中からなかなかにめりはりの利いた目鼻立ちの異人さんが出て来たからか、
通りすがった女子高生数人が、わあと目を見張り、続いて店内を覗き見る。
ショーウィンドウには花火大会のポスターと浴衣と来て、
もしかして、やあ、きっとそうだよとのお喋りが始まり、
店内に飾られたかんざしや巾着袋を見たくてか、こんにちはと入ってゆく辺り。
さっそくにも恩恵あらたか、
新たなお客様がついたようだったが、それはさておき。

 「…ブッダ?」

ご主人夫婦の前ではなかなか朗らかなお顔で通していた彼だったが、
注文表をいただいての、ではとお店を出て来てからこちら、
妙に押し黙ったままでいるような。
どうしたのかなと、やや遅れている彼を振り向きかけたところが、

 「…私はなんて近視なんだろうね。」
 「何が?」

ぽそりという呟きがまた、何とも頼りなくて。
振り返ったそのまま、
向かい合うようにして立ち止まったイエスへと、

 「ごめん。何だか混乱してるみたいだ。」

そんな言いようをし、
ふいと視線を逸らしてしまう彼なのが、ますますとらしくない。

 「ブッダ?」

そういえば、依然として長々と髪を降ろしたままな彼でもあって。
まさかにお店で…おばさんたちの目の前で螺髪に戻す訳にもいかずで、
もしかして、迂闊にきりりと気を張れない その反動で不安定なのかなと。
こちらが立ち止まったのに合わせたか、彼もまた立ち止まり、
だが、やはり押し黙っているのへと、

 「…ブ」

歩み出しつつ、再度の声を掛けようとしかかれば。

 「…だって、言ってくれなきゃ判らないじゃないかっ。」

今度は堰を切ったように、
いやむしろ吐き出すような勢いつけての文言が飛び出している。
まるで、近寄りかかったイエスを拒絶したいかのような語勢でもあって、

 「念を強めれば、
  イエスの想いは読めずとも他の人のを手繰ってって格好で、
  何が起きているのか、見通すことだって出来なかないさ。
  でもそんなの使うなんて空しいじゃないか。」

 「ブッダ?」

一気に言い切ったものの、
ハッとすると…イエスからの凝視とそれから、
周囲を行き交う雑踏という存在にも気がついたらしく。

 「〜〜〜。」

口元を手で覆い、そのまま足早に歩きだす彼であり。
束ねたことで多少は、膝丈ほどへと調節出来ているものの、
それでもそんじょそこらではなかなか見られぬ長い髪、
しかも途轍もないつややかさと来て。
ほらあれあれと行き交う人の視線が集まる。
しかも、面差しもまたエキゾチックに整った美丈夫でと来て、
周囲からの視線が容赦なく集中するのが、
人ならぬ身には 尚のことひしひしと伝わってしまい、

 “ああもう、何でいつもこうなんだろう。”

こそこそと隠れる必要はない身だけれど、
それでも…余計な注目は はっきり言って癇に障る。
人込みで怒鳴ったのがそうまで奇矯だったというのか、と、
彼としては自分の言動から注視を招いたと思っているらしく。

 喜びが福音を呼ぶように、
 棘々しい感情は果たして一体何を呼ぶものか…。

まさかに試したい訳じゃあないけれど、
ひょんな拍子で一体なにが飛び出すことか。
このままではそんな邪まな闇にさえ追いつかれるやも知れぬ…と。
毅然としつつも心は裏腹、それを本気で恐れ始めた彼だったのを、

 「ブッダ。」

後ろからの声と、肩へとかかった手が引き留める。
思い詰めが澱となって淀んだ末の、重くて苦い何かしら。
胸元をきゅうきゅうと絞り上げ、
息苦しさから目眩いを誘うほどの鈍痛がするの、
何とか押さえ込んでいたブッダには、
それが誰かもようよう通じたし、
ほんの少しだけ、息も軽くなりかけたものの。

  …ああでも、ダメだ。

だって、この動揺を招いた張本人じゃないか。
そうと思った途端に、静まりかけてた胸がふつりと煮えて、

 「置いてかれたアパートで、
  どれほど寂しいドキドキを抱えてたと思うの。」

間近にいる彼にだけは届いただろう、
怨嗟さえ感じられるような言い方をし、
振り払うよに身をよじると、唇を咬んで再び歩き出しかける。
さながら、戦さ人のような凛々しさと身ごなしだったにもかかわらず、

 「…っ。」

そんな空しい自暴自棄なぞには屈せぬと言わんばかりの、
ぐんっという強かな力が自分を引き戻し、
すぐさまぶつかった誰かの懐ろが、背中をふわりとくるみ込む。
強くこわばっていた肩に首に、とんと伏せられた誰かの頬、
腕ごと拘束するように前へと回された腕…に気づき。

 “え?///////”

途端にふわりと、
ブッダの心持ちの中から何かがやさしく開き始め、
外と内から 頑なだった気持ちをくるんでの
あっと言う間に ほぐしてしまった威力の恐ろしさよ。

 「…っ、ちょ…っ。
  イエス、こんなところで。///////」

我に返ったその途端、
夏休みではあれ、もう結構良い時間だ。
買い物の人出もさわさわとお出ましで、
それでなくとも注目が集まり掛けてたってのにと、
イエスからの突然の抱擁…というか、羽交い締めへと焦ったほどに、
ブッダの今の心持ちは、先程ほど殺気立ってはないようであり。

 「…ごめん。
  私、自分だけ浮かれてたんだね。
  考えなしでごめんなさい。」

優しい声音で囁かれては もうもういけない。
見るからに強引で恣意的なそれだのに、
温かくて好もしいばかりの飛びっきりの拘束へは、

 “…こんなの反則なんだから。///////”

さっきとは真逆の、それは甘い恨み言しか出ては来ない
ブッダ様だったのでありました。





    ◇◇



とはいえ、そこはやはり
意味なく人目を集めてもどうかということで。

 『…いえす〜。//////』
 『ああ、うん判った。』

真っ赤になったブッダに促され、
さっき商店街へと飛び込んだときよろしく、
やはりイエスが手を取っての引っ張る格好で、
たかたかと鮮やか華やかに駆け出した異邦人のお二人。
あまり外へは出掛けぬ性分と決めつけていたものの、
どうしてどうして、この辺りの地の利には長けているようで。
何本かの路地裏を危なげなく突っ切って、
最後に ふわっと開けたところへ出たのが、
意外にも結構な育ちのスズカケの樹がある小じんまりとした広場。
足元には不揃いながらも夏の草が柔らかく生えていて、
ただの空き地にしては手入れもされており。

 『此処はね、
  商店街の皆さんがバーベキューしたりする広場なんだって。』

なので、ひょいと振り返れば
さっきまでいた商店街の真裏だと分かるが、不思議と窓があんまり見えない。
こっちは南西なので、ガラス窓があるとてきめん部屋が蒸すための対処だそうで、
看板だらけの壁があるだけ、しかも今は営業時間だしと来て。
まずは人目を避けたくて、此処をチョイスしたイエスだったそうで。

 「…大丈夫?」

胸元を押さえていたブッダなの、まずはと案じて。
椅子の代わりに使われているものか、
木陰の下にあったビール用の搬入箱へと座るよう促して。
自分は身を屈めると、何より大切な人の肩へ手を置く。
だが、お顔を覗こうとすると、またもやふるりと背けられ、

 「ブッダ?」
 「〜めん。」

掠れたような声がして。

 「ごめん。今ちょっと不安定なんだ。」

髪が解けたままなのでそれはイエスにも判るが、
やや強引に、身をもっと屈めてお顔を覗き込めば、
目許にたたえられた潤みがちかりと光る。

 「…ブッダ。」
 「私が悪いんだ、イエスは謝らなくていいのっ。」

突き放すように言いつのり、でも、
そのまま俯かれては案じないわけにもいかぬ。
だって、

 「大事な人だよ?
  大切なブッダがこんな、悲しそうなのに。
  それも私の不用意がいけなかったのに。」

それでもふるふると ただただかぶりをふる愛しい人へ、

 「罰だというなら寄らずにもいるけど、でも、今はダメ。」

こればかりは聞けないと、イエスのほうも意地を引かぬ。
あの天部への反応ならいざ知らず、
自分との齟齬へまで我を忘れて取り乱したり、
挙句の果てに、涙ぐんでしまったりするなんて…。

 「ブッダがこうまで臆病になるなんて、
  想いもしなかったの、ごめんね。」

イエスからのそんな一言を聞いた途端、

 「そ…っ。」

瞬発的に熱(いき)り立ちかかり、だが、胸元を押さえて声を呑む。

 「そりゃあ、私だって
  何にでもそうそう泰然としてはいられない。」

そうでなきゃいけないのに、でも、ダメなんだと、
声が震えかかるのを懸命に押さえ込む。
螺髪が解けての、乳白色の頬へとかかっている様子といい、
なだらかな肩を覆っているところといい、
やはりイエスには、そこもかしこも何とも頼りなげに見えてならずで。

 “ああ、きっと今の君の顔って、
  シッダールタだった頃のそれなんだろうね。”

出家する寸前の、まだ迷い多き王子。
落ち着きなく視線が揺らぎ、だが、辛抱強くイエスが待っておれば、
ややあって、俯いたままでぽつりと呟く。

 「………イエスのことへだもの、
  落ち着いてなんていられないじゃないか。」

認めたくはなかったからか、それとも
言葉という形にしてしまうと、
そのまま妄執の罠にでもはまりそうで怖いのか。

 「…っ。」

現に、膝の上、肘をついていた先のその手がふるると震える。
うぅっと、怯えるような声を出したのごと、
そのまま抱きすくめ、くるみ込んだイエスへ、

 「ふ、…う〜っ。////////」

幼子のように息を継いでのせぐり上げると、
イエスの胸元へ しゃにむに掴みかかって来る彼で。

 「言ってくれなきゃ判らない。
  言ってほしいんだ。もっともっと知りたいんだ。」

本当はいけないはずの“大好き”を告げ合った人。
その上で、普遍の愛とは別口の、特別な居場所をくれた人。
なのに…何も話してくれなくて、一人で何やら楽しんでいて。
子供じゃないのだ、何から何まで一緒したいとまでは言わない。
ただ、大好きな人に自分の知らないところがあるのは途轍もなく不安で。
本命の人から思わせ振りをされると こうまで辛いとは思わなかった。
慣れのないことだから余計に、不安でしょうがない。

 “こんな隠れ家まで知っていて…っ。”

人というのは別々の個なのだから、
判らないことがあっても それはしょうがないとか、
そんな通り一遍な言いようじゃあ もう収まらない。
ああこういうのも妄執なのかな、だとしたらそれも怖い。
見えないものへの不安ばかりを数えてしまって、
きっと こんな風に滅んでゆくんだね。
ぼろぼろとこぼれてやまぬ涙が落ち着かぬ。
私はやはり脆いのかなぁ。
戒律という支えがないとダメなのか。
イエスに好いてもらう資格なんてないんだ…と。
先程の落胆を繰り返しかけたブッダだったのへ、

 「何を言ってるのっ。」

大声ではなくの、でも、叱責の鋭さを含んだ声で。
イエスがお顔を寄せつつそうと囁く。

 「私なんかよりずっと、
  真っ直ぐで聡明で頼もしくって立派な人が…。」

だからしっかりしろと言うのなら、
今の私はそんなじゃないと抗いたいか、またしてもかぶりを振るものだから。
ゆらゆら揺れる髪の中へと両手を差し入れ、
ええいと相手の頬を捕まえて、

 「不整合やいい加減を許せない君だから、
  慣れないことへ船酔いしちゃっただけでしょうがっ。」

 「……………え?」

不意打ちもいいところ、何だか妙な喩えがあったのへ。
それこそ、その聡明さが引っ掛かったのか、
やっとのこと、
翻弄されてのぐるぐると回ってばかりだった意識が静止したのを見計らい、

 「だから。」

 何事も常に定まってはいられない、と
 唱えているのは君のとこも同じでしょう?

 「それって、
  一つところへ固執しちゃいけないという意味だけじゃなくて、
  物事、決めつけで見てばかりいちゃあいけないって、
  意味もあるんじゃないのかな。」

人は日に日に、
どうかすりゃ朝と晩でも変わるでしょう?
悪い意味ばかりじゃなく、良い意味でも。
成長だったり達観だったり、人や場合によって様々だけれど、

 「ねえ、こんなブッダも大歓迎だよ?わたし。」

涙の膜がどれほど厚く宿っているのか、
普段の奥深い光を覗き込めないほどまで、
深瑠璃の瞳を塗り潰すよに歪ませていて。
ああこんなにも傷つけたんだねと、イエスの胸がきつく痛む。
芯が強くて頼もしい人だと、決めつけていたのはむしろ自分。
こうまで取り乱すほど、まだまだ臆病だったのに、
勝手なことをして、またぞろ振り回してごめんなさい…

 「こんな風にこれからもぶつけてよ。」

私なんてもっとずっと、
言ってもらわないと判らない、
気の利かない ただの子供なんだから。

 「私ももっとずっと逞しくなるから。
  ブッダだけじゃない、私も頑張るから。」

  だから、だから…

 「困らせないかなんて思って、抱え込んでしまわずに、ネ?」

祈るように言葉を区切って、愛しい人の返事を待てば、

 「……。」

やっとのこと 気分も入れ替わったか、
ブッダも はあと吐息をついての気を取り直してくれた模様で。

 「……訊けば良かったんだね。」

訊いてダメなら何でと食い下がればいい。
なのに、それが出来ない臆病さを今度は勝手に拗ねて…。

 「…ごめん。///////」
 「何でブッダが謝るのっ。」

まだ、引け目を感じているような言いようをしたものだから、
イエスが思わず眉をひそめたものの、

 「イエスが嘘ついたり隠しごとしたりなんて、
  しないはずだと判ってたつもりなのに…。」

なのに、もしもって不安が振り払えなかった、怖かったなんて。

 “頑張るって言ったのにね…。”

  信じる強さがまだ足りない。
  甘える強さがまだ足りない。

今日のどたばたで、そこを痛感したらしきブッダだったようで。

 “船酔い、か。”

不安を隠さなくてもいい、とイエスは言う。
自分も逞しくなるからと、
だからぶつけてと言うイエスだったのへ、









 「……………、〜〜〜〜〜〜〜〜。//////////」

 「あ、何か可笑しいこと言った?わたし。」


潤んだ目許はそのまま、
でもでも、たまらずの笑いが込み上げているブッダへ。
よくは判らないけれどと、こちらも苦笑をした神の和子様。

 茨の冠、ちょっと手荒に片手で剥ぎ取り、
 こつんと合わさったおでことおでこ。
 間近になった玻璃の双眸は、
 対であるはずの深瑠璃の瞳の底がまだ覗けぬを恋しんで、
 それは静かに瞬くと、
 憂いの翳りを帯びたまま、
 そっとそおっと伏せられようとするものだから。

  「……。/////////」

 何だか狡いと思いはしたが、
 やさしい口づけ、無視するのはまだ無理と。
 涙の欠片の散った睫毛を静かに伏せて、
 恋しい君の吐息を受け取る、ブッダ様でありました。





  …………………あのね、イエス。
  んん?
  逞しくなるのは、気持ちだけにしてね?







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  *初めての夫婦ゲンカの巻でした。

   ……じゃあなくて。(すみません)

   あああ、なんかこういうリリカルなお話は難しいですねぇ。
   日頃 書いてる話があれでこれなので、(Hさん、ここ笑うトコ)
   ブッダ様以上に書いてる本人がグダグダでした。
   BGMは“あなたを知りたい”(ば〜い、後ろ指さされ組vv)古っ

   そしてもうちょっと続きます。
   おばさんはしつこいです。(自分で言うか)
   書いてる途中で可愛いエピソードを拾ったの使いたくってvv
   中身としてはもしかすると同じ繰り言みたいになるかもですが、
   何とか頑張りますので、よかったらお付き合いのほどを…。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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